今、起きてることを知っておこう

陰謀論と言われていることは実は「陰謀論だ」と言っている人の陰謀だったりすんじゃねぇか?

ユダヤと金融と今と

前回、ブラックロックのCEOがユダヤアメリカ人という話をしました。
ユダヤ資本」…こういう言葉を聞いたことがあると思います。

ユダヤと言えば、ロスチャイルド家

今ここで「ロスチャイルド」と言ったら、「ああ、陰謀論ね」と切り捨てる方が結構いるんじゃないかなと思います。

ですが、ロスチャイルド家に関しては、陰謀でもなんでもなく、リアルで存在しているわけでして、何故陰謀論を直ぐに持ち出して切り捨ててしまうのか、むしろそっちの方が理解できなかったりする。そう考える頭にされてしまっているんだろう、とまで思ってしまうわけです。誰に?…教育で?なんてね。

実際のところ、ロスチャイルド家に代表されるユダヤ資本が世界の金融をほぼ牛耳っていることはほぼ常識なのに、「そんな荒唐無稽なことはない。特定ファミリー、特定民族がこの巨大なマーケットを支配出来る筈がない」みたいなことを仰る。

では、金融のルーツはどうだったのか。今一度見てみたいと思います。

 

「銀行」の歴史というのは結構古くて、世界で最初の銀行は紀元前3000年までさかのぼると言われています。西アジアチグリス川・ユーフラテス川下流地方(現在のイラクなど)にあったバビロニアという古代王朝で、神殿で人々の財産や貴重品を保管したり、穀物や家畜を貸しつけていた仕事があり、これが銀行の起源だと言われています。

銀行が現在の姿に発展してきたのは、中世イタリア。
イタリアで“banco”という商人の取引台に由来して、現在の“Bank”と言う言葉が生まれたらしいです。

古代の銀行の発達には、為替業務のほかに、両替業務がありました。
両替は、国や地域ごとに異なる通貨を交換して手数料を得るビジネス。当時は、地域ごとに異なる通貨が使われていたため、商業が発達するにつれ、地域間でのビジネスを円滑にするには両替が必要となってきました。やがてそれは単なる両替だけで止まらず、資金を貸し付けたりするようになっていきます。
お金を貸す…これで思い出すのが「ベニスの商人」。そこに登場する悪徳高利貸し屋シャイロックユダヤ人なのです。

昔からユダヤ人は欧州で数々の迫害を受けてきました。なぜかというと、もうこれは宗教的対立以外の何物でもない。キリスト教社会では「イエスユダヤ人によって、ゴルゴタの丘で十字架に磔にされた」との言い伝えがベースになっており、また、選民思想ユダヤ教にあっては、ユダヤ人以外は救済されないわけだから、キリスト教徒にとってはたまんないわけですね。

私はあまり宗教は詳しくないので、なんとも胸張って説明することができないですが、概ね、それらを背景として、ユダヤ人は嫌われてきたのだと思ってます。ゲットーとかに追いやられたり、仕事の面でも中々就業できるものはなかったのです。
当時、キリスト教圏ではお金を貸し借りして利息をとることは悪いことだと考えられていたので、そこに活路を見出したユダヤ人はその業界で頑張るようになったと推測できます。

時が流れ、教会の力が弱まり、世間の金融に対する価値観も変わり出した頃には、もうユダヤ人による金融ビジネスは他の民族の追随を許さないほどに成長していました。高利貸しシャイロックが登場する「ベニスの商人」、なんとなく理解できます。

また、排他されたユダヤ人ですから、自分たち同士の結束から貿易決済を内内で展開し、為替業務を発展させてきたと言われてます。略奪に対する防衛策として、無記名形式の証券(銀行券)を発行・流通させることをも考案し、自分たち民族の結束を強化、それがつまりは、今日の銀行業務の主軸を構築したと言えるのです。

 

私はかつて銀行員だった時代があるのですが、こういった銀行のルーツなどについてはまるで勉強してこなかったし、教えられもしてこなかった。。
日常業務において何をしなければならないか、達成しなければならないノルマは何か、日経新聞などから情報をちゃんと収集しているか、マーケットはどう動いているか…そういったことに忙殺され、そもそもの銀行の成り立ちとかはまるで眼目になかったです。。
多分、私以外の銀行員の方々も似たようなもんじゃないかと思う。

昔私は、こんな風に考えていました。
マルクス経済ではないけど、労働の対価として賃金があるのであり、お金は働いたことの見返りに受けるものだ。なので、お金に働いてもらって(金利を)稼ぐというのは、リアル労働ではないのだから、邪道である。金融というのはヤクザな仕事だ…そんな風に思っていたのです。
で、そんなことを考えていたやつが銀行に就職する(笑)。
自分っていったいなんなんだ?と。
で、働いてみてわかったのが、金融ってやっぱりヤクザだな、とw。
地域の皆さんに貢献して、お金に困っている人にお金を融資し、みんなで成長していけるまちづくりに貢献したい。入行当初、金融を清く正しく活用することができれば、とても良い結果が付いてくるだろう、と期待していた私。。裏切られるまでにそんなに長い時間は要りませんでした。
大体、お金を貸すのは金利を取るため。なので、しっかりお金を返せる人に貸さないといけない。すなわちお金を貸す先はお金をたくさん持っているところ。貧乏人には貸さない。お金をたくさん持っていて、高い金利で借りてくれる先が優良御取引先ということを最初に学んだ。
社会的使命?…そうね、美談でした。
公共的役割?…お前は、公務員ではない。お前の就職してきた先は収益を追求する民間企業だ、何寝ぼけたこと言っているんだ?などと学びました。
数年後、私はストレスで胃をやられ、血を吐いて、お医者さんに行って、
「あんたね、自分と会社、どっち取るの?」と先生に言われて、
「自分です」と答えまして、
「じゃ、辞めた方が良いですよ、貴方に向いていない」と言われ、辞表を出したことを思い出しました。負け犬呼ばわりされたくなかったから、辞める直前の営業成績はトップクラスを叩き出しましたが(笑)。にしても…


お金はね、人を変える。


私が学んだことは、この一言に尽きると思う。
お金にまつわる様々な人間模様を見てきた。そういう経験をしたということは、それはそれで貴重な体験学習だったと思う。
そして、お金はダークサイドのルールだということも学んだ。
出来ることなら、人生、ダークサイドにいたくはないし、皆をもダークサイドに巻き込みたくない。どうにかこの社会、なんとか奇麗にならんだろうか?

 

金の亡者がいる限り、決して良くならないと思う。
だから、一人一人が心の美しい、生きることに対して妙な競争心優越感劣等感を持ち合わない関係、互いが互いを思いやり心の平静充足を共有できる社会になってほしいと願っています。

 

今や、この金融システムは世界経済に在っては、なくてはならないほど重要な地位を確立しています。しかし、金融にまつわる色々な問題点があります。
金融にはかなり邪悪な側面があることも事実。
そもそも信用創造という仕組みがどうも腑に落ちない。。これって、儲かる奴が、金を持ってるやつが、どんどん儲かる仕組みなんだもの。

 

この金融システムを構築し、その根幹部分にロスチャイルド家に代表されるユダヤの知恵が沁みこんでいる。それはもう、ユダヤ資本が負けるわけない的な部分がベースに存在しているわけです。その舞台で世界の色々なのが動いてるわけですから、スタートの時点からして我々は「負けてる」わけです。どうしたらよいのでしょう?

 

新たな価値観による金融システムが構築されることが望ましいんじゃないかな。
一部の富裕層がいよいよ富を財を増やしていけるような、そんな現在のシステムは見直す必要があるのではないでしょうか。
具体案が中々思い浮かばないけれど、今の制度が歪んでいることは間違いないように思います。基軸通貨とされているものを、この際だからリセットしてもいいのではないかなと。極論、金本位制に一旦立ち返ってもいいのではないか?などと。

 

ここ数年のコロナ騒動で、何処の国も輪転機のごとくお金を刷りまくったから、世の中ばらまかれたお金でだぶついてるし、そのだぶついたのが株式や不動産に回るから、あたかも景気が良くなっているかのような値上がり、インフレが生じてるし、でもさ、刷りまくった通貨なんだから、単位通貨は相対的に価値下落してる筈なんだよね。
もう充分破綻してもおかしくない水準にあると思うんだけどね、ドルもユーロも円も。。

だからこの際、新しい通貨制度、社会制度、経済の仕組みを再構築していいんじゃないかと思う。いや、再構築するべきなんじゃないかな?

どうでしょうかね。。

世界の資金の動き方

もはや誰もが知っているところのGAFA、そして最近やたらと巷を賑わせているChatGPT。。海外発のネット情報産業の雄たちは、その勢いの衰えるところを知らない。
このジャンルにおける主要企業は、世界の経済界・産業界で今最もブイブイ言わせてる連中であろう。

 

どこぞの記事で読んだのだが、例えば「フェイスブック(社名は「メタ」に改変)」。
この会社は、他にもメッセンジャーやインスタグラムを所有し、世界的なソーシャルメディアのプラットフォームを形成している複合企業である。
また、「アルファベット」社は、GmailYoutubeとかのGoogle の親会社でもありますし、スマホのOSのAndroidのスポンサーでもある。
「アップル」社はもう一つのスマホのOSであるiOSの開発会社。もちろん、iPhone。(アイホンじゃないですよ、アイフォン、アイホンじゃインターホンになっちまう)
そしてそこにPC界の親分「マイクロソフト」社を加えると、この4社でほぼ世界中のPCやらスマホやらタブレットやらが依存しているソフトウェアやネットワーク環境の多くの部分をを網羅することになる。

 

言い方はあれだが、たった4社で世界の情報系を掴んでいるわけだ。凄いですよね、この4社のモンスターっぷりが感じられます。
これに昨今ChatGPTのAIで注目されるメーカー「エヌビディア」を加えたら、もう無敵艦隊状態である。

 

では、これらの企業をバックアップしているのは誰なのか。株主はどうなっているかというのを調べて見ると、これまた驚かされる。

 

実は、いずれも「バンガード・グループ」と「ブラックロック」という資産運用会社が筆頭に来る。しかもそのウェイトたるや80%超である。圧倒的なシェアだ。
この2社、上記メタ、アルファベット、アップル、マイクロソフトの外にもあらゆるジャンルの企業に投資しており、運用総額は1,000兆円規模とも言われ、他の機関投資家である銀行や保険会社を押しのけ、というか、銀行や保険会社そのものの株主にもバンガードやブラックロックの存在があったりもする。すなわち、米国の上場企業の殆どに、この2社が食い込んでいるという状態になっている。

 

バンガードはブラックロック筆頭株主でもあることから、この2社は共同体とも言える。つまりこの「チーム」は、物凄い発言権を、圧倒的強さを誇る企業に対して持っているということ。ファンドとは言え、独占的所有者であると言えます。
極端なことを言えば、バンガードらの指図通りに企業運営がコントロールされ得るということだ。国家運営にも影響を与えるほどの企業に発言権があるということなのだから、行きつくところ、国家運営にも発言権を有すると言っても過言ではないだろう。
独占禁止法などに対してはとても神経質な米国にあって、このファンド企業は何故に叩かれないのだろうか?などと不思議にもなってくる。

 

更に、バンガードは世界の老舗や富裕層の多くと直接つながっているらしく、これに関係する家系となると、ロスチャイルド家、ブッシュ家、英国王室、デュポン家、ヴァンダービルト家、ロックフェラー家辺りのそうそうたる顔ぶれが出てくる。要するにグローバリストたちですね。
ちなみに、ブラックロックのCEOローレンス・フィンクはユダヤアメリカ人。ユダヤ金融資本の気配も漂うというおまけ付き。

 

バンガードとブラックロックは現在、ワーナー・メディア、コムキャスト、ディズニー、ニューズ・コーポレーションの上位の所有者でもあるらしい。これらのメディアは、米国のメディアの90%以上を所有・支配していて、世界の出来事に対する彼らの報道がすべて同じ出どころとなっている。すなわち、バンガードとブラックロックのチームは情報操作までお手のものということになるわけだ。

 

そんなわけで、バンガードとブラックロックはありとあらゆるものを所有しており、すべてを意のままに誘導可能ということが推測できるわけです。

 

そして、この2社のコアになっている存在が世界の老舗や富裕層。つまりは、世界の富裕層によって、世界経済がコントロールされてるとも言えるのである。コントロールしてるのが、一国のリーダーとか、政治の中枢部とか、トップ企業じゃなくて、富裕層となるわけですよ。どうなのよ。

 

ちょっと歪んだ見方になってしまうかもしれないが、彼らの思いのままに我々は踊らされているとも言えるんではないだろうか?

 

「貧乏人はいつまでたっても貧乏人」って言葉があるが、まさにそんな感じなのかもしれない。私のいっちゃん嫌いな言葉の一つなんですけどね、これ。

 

先ごろのコロナ・パンデミックを思い出して欲しい。
RNAワクチンを開発したファイザーの大株主にもバンガードとブラックロックは名を連ねている。パンデミックで都市を封鎖し、多くの会社が潰れたりしていったのは記憶に新しい。その一方で、このワクチンによる特需が発生し、ファイザーを筆頭にワクチン係医薬品メーカーは莫大な利益を上げてきた。当然のようにバンガードとブラックロックはしっかり利益を上げてきたわけである。多くの中小企業が廃業に追い込まれる一方で、バンガードやブラックロックが所有する大企業は物凄い繁栄を遂げた。

 

そんなこんなが分かってくると、何だか一矢報いたい気分になります。

 

富裕層による巨大金融資本に我々はどうやったら立ち向かうことができるだろう?
このままじゃ私たちの財産は、連中の意のままに操作され、吸収されていく一方ではないだろうか?…そう思えてならない。

 

自給率の低い日本がちょっとした環境変動・気候変動にさらされて食糧難等になったとき、海外からの輸入に頼らなければならくなり、その時に支払う資金が円安の影響で膨大になったりする。
そうやって頑張って輸入しても、その食品に怪しい添加物とかが入ってたら、身体をも病んでしまう。
そうじゃなくても少子高齢化、日本の人口は減っていく一方。国際競争力は失われていく。
円の存在価値はますます弱くなる。
我々の財産はどんどんますます価値を失っていく(奪われていく)。
もしかしたら、為替の世界や、環境変動、食の安全性辺りをも富裕層が操作してたりして。。いや、そんなことはないだろう。…と思えるだろうか?
何しろ、なんだってコントロールできる「力」を彼らは持っている。
出来なくないわけです。
日本にある企業・不動産・自然の恵み・個人資産をターゲットにして目をつけた暁には「やる」よ。「やってくる」よ。多分。
…と言うか、今や日本人の平均所得は韓国にも、台湾にも抜かれて、世界27位です。ベトナムにも抜かれそうです。30年前は世界第2位でした。
現在円安。この円安も、グローバリストらの利益のために作られた円安のようなものです。日本国企業は、外資に安く買収され続けています。つまりやられているんです。

 

富裕層というか金持ち的な見方をするなら、統一教会もそのひとつだ。
アメリカCIAのアジア圏フロントのカルト教団である統一教会の政策通りに進める自民党などが手を貸しているという恐ろしさに気付いて欲しい、と知人が言ってました。私も同感です。ヤバいです。

 

彼らの目論見に気が付き、今が作られた金融政策で縛られている社会であることを知り、どうにかして正しき社会を再構築して財産(というか、命)を守っていかないと大変なことになる、そうしないと私たちはスポイルされまくって枯れていくだけではないか、…何やらうすら寒い気分になってくるのだ。

 

見極めていきましょう。そして、「おかしいぞ?その情報間違ってるぞ、違和感あるぞ?」と感じたら、そのまま放置することなく、真実を知る方向にハンドル切って行動しましょう。そうしないと知らぬ間に染まってしまいますから。

 

いろんな見方があると思うのです。
いろんな見方を知りましょう。
例えば、北朝鮮がミサイルを開発しそうだ…と報道があれば、「北朝鮮、アブネー!」と思うだけでなく、「何でこのニュースばかり執拗に報道するんだ?」「遺憾の意を表明するだけなら意味ないでしょ?」「日本は危機的な環境にあるのだから、緊急事態条項を盛り込んだ憲法改正が必要だと思わせるようにしてるんじゃないか?」などなど。。
いろんな見方をクールに見て下さい。
そうすると真実に近づいてくると思います。

食品添加物のヤバさとか

現在、日本は農薬王国というか、食品添加物王国になっていることにどれだけの国民が危機意識を持っているだろう?

 

この辺りはあまり報道されていないことから、無知の状態になっている人がかなり多いのではないかと思う。それでいいのか?と最近、富に感じています。
食の安全が確保されないと健康問題が生じる。果ては病に侵されてしまったり、短命でこの世を去ってしまったり、子孫を残せない身体になってしまったりする。そういう恐ろしさを知っておかなければならないし、対策を講じる必要があると思う。

 

その昔、有吉佐和子の「複合汚染」という作品があって、それを読んだら暫く拒食症になってしまった経験があります。世の中に、汚染された食品のいかに多いことか、ということを突き付けられ衝撃が走りまくったのだ。
そのことを友人に話したら、「知らぬが仏だよ、いちいち気にしてたら何もできなくなってしまうから、ほどほどに注意していればいいんだ。」と諭されたのでした。本当にそれでよかったのだろうか?
あれからン十年が過ぎた。ほどほど程度の注意で過ごしてきた私の身体には、おそらく「不純物」が累々と蓄積されてきていることであろう。それはすなわち、癌などの身体が壊れる病の発症リスクを高めてることになっているのではないか、そう思う。

 

食の安全をチェックするとき、私たちが心がけられる「よりどころ」となるのが「食品表示法」であり「食品表示基準」です。
この制度に則り、街中で売っている食品について、この食品の原料が何処から来たものか、どんなものが入っているのかを見ることができる。
しかし、これが生鮮食品なら「何処から来たものか」がわかるが、加工食品だと「製造したのが何処か」止まりで原料の出どころは記載されていない。情報としては不十分なのである。
また、大豆などの食材が「遺伝子組み換えものを使っているかどうか」というところも気になるところ。遺伝子組み換え表示制度は平成13年(2001年)から始まってますが、実は今年(令和5年4月)から新たな表示方法に改正されました。
それによると、これまで分別生産流通管理をして、意図せざる混入を5%以下に抑えている大豆及びとうもろこし、並びにそれらを原材料とする加工食品には、任意表示として「遺伝子組換えでない」等と表示することが出来たのだが、今後は、5%以下に抑えていれば「分別生産流通管理済み」等の表示を、全く検出されない場合には「遺伝子組換えでない」等の表示が可能となりました(「可能」というのがポイントです)。ややこしいですね。
いずれにせよ、「5%程度の混入なら問題なし」のニュアンスが伝わってきます。入っているのに問題なし…本当に大丈夫か?と思います。
もっとも、「不分別(分別管理してない)」というのは問題外ですし、逆に、遺伝子組み換えを行っていない製品に対して「遺伝子組み換えでない」という表示をするためには、かなり徹底した管理が要求されることから、これはこれで表示が面倒になり、結局はどれが遺伝子組み換えでない食品なのかが消費者側は判断し辛くなる。

 

食品表示法については「遺伝子組み換えものを表示させるようにした法律」ということで、「よくやった」的な印象を受けますが、実は遺伝子組み換えものではないと表記することが困難であったり、数%の混入を許しているということがとても問題であり、それについて「細かいこと言うなよ」みたいな中国的発想は止めて欲しいわけです。だって、遺伝子組み換えものを体内に入れるというのは、未知の領域なのですから。その影響が何十年か後になって出てくるような、ステルス的な毒なのかもしれないのですから。こんなルールを作り承認可決した、時の政府与党自民党は日本人の健康についてあまりにも無責任なのではないかと思うわけです。
大量に生産できる遺伝子組み換え食材、その販売先(利益獲得のため)に日本を選んできた世界グローバリスト、そこと密約を交わしてきた政府与党…おいおい!としか思えない。


毒と言えば、農薬(グリホサート)の問題も酷い。
グリホサート毒薬肥料で育った農産物を食べさせられている我々日本人。それらが普通にスーパーに並んでいるのだから不思議でならない。グリホサートは発がん以外に、内分泌攪乱物質として生殖機能に影響を与え、腸内細菌にもダメージを与え、アレルギー、自己免疫疾患の原因となります。また、神経毒として自閉症認知症を誘発する可能性もあります。
日本は安倍内閣が喜んで大量に買い込む契約をしました。
2018年のデータによると、禁止農薬の最大の輸入国は米国で、2018年の輸入量は断トツの26,000トン。日本はブラジルに次ぐ3位で、6,700トンだった。日本は単純に量だけ見れば米国の4分の1だが、農地面積が米国の1%しかないことを考えれば、非常に多い輸入量とも言える。以来、世界は使用禁止にしているのに、日本は残量基準値を緩めたままになっている。よほど安倍に始まる政府与党自民党は日本人を嫌っているというか、バカにしているとしか思えない。
2017年(平成29年)、世界の動きに逆行して、日本はグリホサート残留基準値を大幅に引き下げました。ひそかに法案を可決していたのです。

 

例えば、イチゴの農薬使用量は農薬使用野菜の中でもトップクラスである。
先日は台湾に輸出した日本産のイチゴが入国段階の検査で台湾の基準値を上回っていることから輸入差し止めとなり突き返されたというニュースがありました。
これ、ネット上ではかなり出回っているけれど、TVの報道ではトンと見かけなかった。こういうのこそ、大々的に報道すべきじゃないのかな?
因みに、残留農薬が多いワースト10品目は、イチゴ、ホウレンソウ、ネクタリン、リンゴ、ブドウ、モモ、サクランボ、ナシ、トマト、セロリという情報がある。いずれも、他の野菜や果物に比べて高い値の残留農薬が検出されたようだ。

 

農薬の使用量については、国別の残留基準値の比較は、科学的にはまったく意味がないという意見もある。安全性を検討するときに重要なのは、許容1日摂取量であり、1日にさまざまな食品を食べた時、その農薬のトータルの摂取量が問題なければいいじゃないかというもの。また、国によって害虫発生のし易さとかにも差があるので同じ土俵で比較するのはナンセンスとの意見もある。だがしかし、私には詭弁に見えて仕方ないのです。第一、許容量というのの根拠もよく理解できないし。
もっとも、無農薬栽培で野菜などを大量収穫するって、非常に困難であることは事実。
自分家のプランターでよく小松菜とかを作っているのだが、あっという間にイモ虫やら小さい生きものらに食われまくってしまう。スーパーなどで売っているほどの大きさには到底至らない。売り物として店に商品を並べられるようにするには、そして利益を確保するためには、どうしたってある程度の農薬の使用は避けられないことは私だって重々承知しているつもりだ。でも、程度の問題があるのではなかろうか?
そのためには消費者である我々も理解を深めなければいけない。
大体、虫も付かないような野菜が身体に良いわけがない。食べ物って、虫が食って穴ぼこだらけになるのが普通だし、その辺のハードルをクリアして立派な生産物になっているものは高額になって当たり前なのだ。
その一方、我々にも消費していく財力がなければ、高い購入活動はできない。安いに越したことはないのである。この辺のバランスが難しい。
ともあれ、バクバク食べるのではなく、身体にいいものを少しずつ摂り入れていく。そういうのが大切になるのではなかろうか?食べ盛りのお子さんには少なくとも毒気の少なくて手ごろなものを優先的に摂取されたら宜しいかと思います。そういう価値観が皆で共有されれば、自然と店頭に並ぶ野菜たちの品質も変わってくると思うのだが。。。
見た目が奇麗だけど、とても美味しいとは言えないF1種の野菜。F1種って、連綿と種→成長→種→…のチェーンが出来ないのだ。種の保存がきかない野菜なんてのは食べ物ではないでしょ。

世界の食品添加物の認可数についてですが、

フランス  32種類
イギリス  21種類
ドイツ   64種類
アメリカ  133種類
日本   1500種類以上

という資料があります。

私たち日本人の内、2人に1人が癌になるという現在、大きな原因の一つは上記食品添加物を毎日食しているからに他ならないのではないか?そんな風にも見えてしまいます。
何年か前、米国では1年間にガンで死ぬ人は、約57.5万人。日本人は約36.5万人。人口10万人当たりで換算すると、日本人の死亡率は米国の1.6倍となっていました。世界的に見ても高い医療レベルにあって、この倍率は信じがたい。免疫力というかそういうのが圧倒的に日本人は弱ってきている印象があります。

 

育ち盛りの子供がガツガツと肉を食べまくる。うん、確かに成長期ってそんなもんだ。
ただ、何年か前に、米国産牛肉の輸入を日本はガンガン前向きに進めてる時期がありました(今もそうなのかな?)。ただ、その肉、米国民が食さない牛肉で、成長ホルモン剤をバンバン投与された肉厚な牛肉。
自分の国で作っておいて、自国民は食べず、外国(日本)に売つけ、外国(日本)人が食す。
その白身部分には成長ホルモンが思いっきり蓄積されているような肉。身体によいわけ?…あるはずないでしょ。ちょっとマスコミで取り上げたこともあったけど、直ぐに立ち消えてしまいました。

 

言うまでもないことですが、コンビニ弁当、気を付けた方が良いと思います。
どうしても外で弁当買って食べなくちゃならないとしたら、オリジン弁当は比較的優秀という話しがありますので、追記しておきます。

国もマスコミも国民に非協力的な世の中なのですから、私たちが自らで自らを守っていかないとダメ、そういう日本になっていることに気付く必要があると思います。

 

勝てば官軍

子供の喧嘩を例に取るわけではないけど、AくんとBくんが喧嘩したとします。
非力なBくんは、Aくんにやっつけられてしまいました。
Aくんは言いました。
「Bってのは、昔っからいい加減なことばかり言ってて、皆が騙されそうになってたんだぜ。マジでヤバいと思ったから「いいかげんにしろよ!」ってやってやったんだ。あいつはC子にも言い寄ったりして、C子も迷惑そうだったから「いつかはどうにかしないと」って思っていたんだよ。」
ギャラリーの皆は感心しながらAくんの話を聞きました。
一方、やっつけれられたBくんはシュンとしてしまます。
BくんにはBくんの理由がありました。いい加減と目される言動は、実は方便としての冗談だったりして、そうすることで窮屈になっている空気を少しでも和やかにして、皆が楽しく過ごしてくれたらいいじゃないか、ぎすぎすした教室の雰囲気がいやなんだもん、と。。C子はそんなBくんの理解者であり、Bくんの良き相談相手でもありました。そこにいきなり割り込んできたのはAくんだったのです。。
でも、そんなことを言おうものならAくんから何されるか分からない。自分だけならまだしもC子さんも何かされてしまうかもしれない。
なので黙ってしまったBくんです。
Aくんは、Bくんのダメっぷりをその後もどんどんAくんの理屈でアピールしていきます。そうやってC子のBくんに対する気持ちが冷めるように誘導してるようにも取れます。
ギャラリーはそういった内情は知りません。ただ、聞こえてくる情報はAくんの発信するものばかり。それを否定する者がいない中、時間が流れていきました。
結局、殆ど皆がAくんからの情報を「普通に」信じ、「Bくんはダメなやつね」という烙印を押し、それを常識化させていくことになりました。


「勝てば官軍」


誰が言い出したことかは分からないけど、実に的を得た言葉だと思います。
どんな立ち位置であれ、買った方が正義。
戦勝者が正義に君臨し、戦敗者は不義なものとして排除されてしまうわけだ。

でもなー、勝ったからと言って「正しい」というわけではないんだよね。

 

そういや、よく米国が「ジャスティス」とか言う言葉を使いますが、どうしたって自分たちが正義であるという前提に立ってるし。

 

かつて、大東亜戦争(太平洋戦争)に勝利したアメリカは正義になっちゃったわけで、負けた日本は不義の国(「悪」とは言わずに「不義」ね…「悪」みたいな取扱いだけど)になりました。その反省から(反省?…この表現もあれだが)『もう戦争はしません、国民主権で平和な国を築きましょう』と、平和憲法を作りました。日本国憲法は米国から強要されて作られたものだとか言う人がいますが、この憲法制定には日本の要人も物凄く努力して作り上げた立派なものです。
それを何、今の政府自民党公明党は維新とかと一緒になって憲法改正に向けた行為を行っていますね。しかも「有事の際は戦争だって厭わない」というルールの憲法にです。その昔、戦争に突き進んだ背景をまるで鑑みていないじゃないかと思えてならない。

 

太平洋戦争よりもはるか前、、明治維新というクーデターが日本で起きました。
戊辰戦争…そしてその時に「勝てば官軍」のフレーズが出たと思います。

 

幕府側は負けたことで、不義の側に落とし込められました。

 

幕府って、100%不義だったのでしょうか?
薩長は、100%正義なのでしょうか?

 

「勝てば官軍」理論ではないけれど、少なくとも私が学校に行ってた時の歴史の教科書教育では、明治維新は、それまでの江戸幕府時代に対し「古いものは捨て新しい価値観の元、日本は明治維新を機に近代化に進んでいくことになった」と、「明治維新バラ色」論で展開されてきました。欧米各国の開国圧力とその圧倒的戦力(近代的武器)に日本は敵わないという危機感もあったのだと思うが、開国から明治維新に向かった流れに最近、不自然さを感じるようになったのです。それが「勝てば官軍」的なものです。なんか、「それちょっと待て」「おかしくね?」と思えるようになってきました。
先のAくんとBくんの喧嘩じゃないけど、Bくん、なんか間違ってたっけ?と。
Bくんに目線をもっていくことの大切さのようなものを感じるようになったのです。


薩長のみなさんは官軍として正義の側になり、その後の政局・軍事を掌握することになります。そしてそれは、連綿と現在に至っています。
安倍元首相に至るまでいったい何人の山口県(長州)出身者がリーダーに君臨してきたのでしょう。どこかのサイトで見たのですが、首相を送り出した都道府県データを見ると、山口県とかって目立って多いですよね。
まぁそれで、日本が良い方向に発展してきたのなら良いと思うが、なんかさ、日本、ダメな方向に走ってる気がします。
もしかして、出身(地)によっては日本を貶めるために、暗躍してきた奴らがいるのではないかと。
田中角栄さんみたいな新潟なリーダーは最終的に悪者として扱われてしまったけど、ベトナム戦争の時などは憲法を盾に日本からの派兵を断った総理なんだぜ、日本国民が血を流すことを守ってくれたと言う事実があまり知られていないんだけどね。立派じゃないか。
あの当時の自民党は素晴らしかったんじゃないか。
今の自民党の劣悪っぷりには目を覆うばかりだ。

そういや岸田総理のダメダメっぷりが目立ち始めてきてるけど、どうやらこれも深読みするとちょっと色が異なる考え方があるらしい。つまり、闇の勢力に対抗する側からの圧により、岸田総理は闇の側に憑かないように誘導されていると言う説があるのだ。操り人形ですね。
実は奇矯な人材を前面に晒して、自民党を崩壊へ導く役目を負わされているという情報があります。本当かどうかは定かではないけど、二世の政治家のダメっぷりを見せつけて政治家の世襲は止めさせるべきと、国民を目覚めさせる役目をになっているとのこと。
寝た子を起こして、関係者を一網打尽にするやり方を取っているようです。もしもそれが本当なら、ともあれ寝ぼけた国民は早く目を覚まさないといけませんし、現在の自民党はかなり闇の勢力の配下に染まってきていると言えると思います。

 

ともあれ、何度も言いますけど、日本をいいように食い物にする政治家は要りません。
自分のことしか考えない人はリーダーになってはいけませんし、そういう人を選んではいけません。
明日の日本を支える役目を担っている子供たちを悲しませるようなことをしてはならないんです。

これ、大人の役目です。

 

陰謀の側に立ってみる

陰謀論というか、闇の支配者による世界征服が進行してるものとします。
その仮定で、ちょっと考えてみたいと思います。

「その」存在が、日本を支配下に置こうとした場合、日本(人)をどのようにするのが都合がよいでしょう?
貴方が闇の支配者だったらどうしますか?
私だったら…そうだな、先ず、日本人を下僕にできればグッドですな。すべて自分の言いなりになればとても都合がよい。でも、もし下僕にできないなら、…その時は、死んでいただくってことになるか。。

では、下僕にするためにはどうしたらよい?
これには二通りあると思います。
一つは、考え方や行動パターンをこっちの思惑通りに誘導する方法。
もう一つは、従わざるを得ないほどに疲弊させる方法。

『行動パターンをこっちの思惑通りにする』には、そういう「教育」が必要となります。もしくは「洗脳」ですね。そうすることで、意のままに操れるようになる。

「教育」
仮に「朝鮮って素敵な国だよな」と思わせる教育をすれば親朝鮮な国民が出来上がる。
逆に「朝鮮って酷ぇ国だよな」と思わせる教育をすれは嫌朝鮮な国民が出来上がる。
つまり教育の現場で行われることは、国民に多大な影響を与えることができます。
今の教育現場ってニュートラルですかね?
文部科学省ニュートラルであるようにちゃんとしてるんかな?
(そういや、お隣韓国ではまだ反日教育が結構行われているらしいですけど、そういう教育を受けてる国民のところに日本の首相が行っても、なんも生産的な話しはできないと思いますけどね、どうなん?)

「洗脳」
これはもう公共電波を使うのが手っ取り早く効果的であることは明らか。上記同様に「ロシアって素晴らしい国でしょ、ほらこんなに素敵な自然もある」なんてのを繰り返して放映すれば、少なくとも嫌な国だとは思わなくなってきます。その一方で、「ロシアって勝手なことばかりしていて危ない国だ」を繰り返していれば、少なくとも好意的には取れなくなります。
今の放送の在り方はニュートラルだろうか?
大体どこのチャンネルも一方向を向いてるみたいで、それが私には返って不気味だったりします。

で、もう一方の、『従わざるを得ないようにする方法』、うーん、ともあれ、生きていくのが困難なほど経済的に追い詰めて「ほら、こっちに美味しい環境があるよ、言うこと聞けば、これあげるよ」とすれば、なびくよね、多分。
経済的に追い詰めるというのは、日本の競争力、日本の能力を痛めつければよろしい。
「円」の力をもぎ取ればかなり形になるでしょう。原油がモーレツに高くなるだけでも結構しんどくなる。…外国依存体質であればあるほどに外国からの揺さぶりに弱くなります。
日本の外交戦略、上手にやれてるだろうか?
外国がどうのこうのでなくとも、国内物価の猛烈なインフレが起きると、収入が追いつかなくなればもうこれでもアウトだ。生活の基本となる食べ物がバリ値上がりしたら、厳しいですよね。
農林水産省、上手く日本を活力ある国に導いてくれてるだろうか?昆虫食などというふざけた解決策を模索してないでしょうね?
経済産業省、上手く日本の企業業績を伸びやかに上がる環境作ってるだろうか?
それらをちゃんと国民にフィードバックしてくれてるだろうか?

色々やってみたけど下僕化することができなかったとしたら、御命、頂戴しちゃう方法になるとして…一番効果的なのは、どういうやり方だろう?
最も効果的なのは、日本人と同様に「いてほしくない」人たちを日本人と戦争させればよい。
美輪明宏さんが中々穿ったことを話されていました「戦争って言葉をなくせばいいんですよ、「大量殺人」でいいんです。」仰る通り。
両方で命の奪い合いを行なってくれれば、悪だくみ側には非常に効率的に整頓できないだろか?
ついでに、その両者に武器を供与したりなんかして、戦争ビジネスで一儲け出来れば一石二鳥どころか三鳥、四鳥にもなる。。

戦争にならなかったとして、、そしたらどうやって人口削減させるか。。
一つには少子高齢化:黙ってても将来的には人がいなくなる
一つには自然災害:自然災害だから意図的には出来ないかもしれないけど、意図的にできる自然災害があればこれでコントロールすることもできる。…例えば、地球温暖化を意図的に進めれば巨大台風が発生しやすくなる。台風の「通り道」に日本があれば…あるやん。。

僕はあまり詳しくないんだけど、二酸化炭素うんちゃらでは温暖化を防げるどころか実は逆だったりして…とかね。二酸化炭素が減ると逆に実は温暖化が進むとか。。あ、仮定の話です、仮定の。

滅亡論者に言わせると、人口地震もかなり実現できる技術力があるらしい。

色んな噂が絶えませんが、一概に否定もできないような気もする。

そして一つには病気:←ここ、よく耳にするコロナ陰謀説。ワクチン陰謀説にも繋がってます。実は私、この点についても否定できない。むしろ肯定する側に近いです。
そりゃ、ワクチンでコロナにかかり辛くなったとしても(最近じゃ、それも否定されるようになってきている情報がありますが)、他の病気に罹りやすくなったんじゃたまらない。

東日本大震災のあったころ、テレビを見ていた人は覚えているだろうか?
子宮頸がんワクチンを打ちましょうキャンペーンがあったことです。
直接の因果関係はわからないけど、出生率の低下はその後勾配がきつくなってるんですね。
そのワクチン、大丈夫だったのか?と、出生に影響を及ぼす異物混入なかったか?などと憶測までしてしまいます。因果関係は証明されてはいませんので、私一個人の見解です。

そして、今回のコロナワクチン。
これも因果関係はわからないけど、自分の周りを見渡すと、病気になりがちな人が増えてきたような気がする。
抵抗力が失われているんじゃないかと思ってしまうんですよ。
ヘルペスになる人が結構いてね、あの病気って、抵抗力が免疫力が落ちてくるとなりやすいって言うじゃないですか。
で、最近、ヘルペスのワクチンを打ちましょうなんてCMがよく流れたり。。おいおい、コロナワクチンでうんちゃらで、追加でヘルペスワクチン?なんか色んなの身体に入れて大丈夫なの?
そう思ったら、今まで普通に打ってきたインフルエンザのワクチンすらちょっとヤバそうな気がしてきた。
「高齢化が進んだからヘルペスになりやすい人が自然に増えているだけだ」という説もありますけどね、高々コロナが流行り出してから2~3年足らずを「高齢化が進んだ」と言う方がムリがあるんじゃないだろうか?

そういや、ワクチンを打ったら死ぬぞ…的な陰謀論が流行りましたけど、さすがにそれは無いと思う。だってそんなにはっきり因果関係が分かってしまったら直ぐに犯人が特定できちゃうじゃないですか。そのこところ、プロなら「わからないように」行動するはずです。
100人のうち1人か2人が調子悪くなるような…そんな、特定が難しいレベルからはじめるはず。そうやって不調を訴える人を増やし、果ては人口削減につなげていく。


疑えば色々キリがないけど、まるで疑わないってのもヤバいと思う今日この頃です。


なので、情報収集も、受け身オンリー・人任せにするのではなく、自分たちで自分たちをこの国をどうしていくのが良いのかを考えながら模索しないといけないと思う。
そういう中でリーダーを選んでいくべきだし、だめだと感じたら何故ダメなのかを調べ、ふさわしくないリーダーには退場していただこう。
印象操作に乗せられないように私たちももっと賢くならないといけないと思うのでした。


それはそうとしてもコロナワクチンの製薬会社、儲かっただろうなぁ。。

当選の風景

2023年統一地方選挙が終わった。
投票率や当選者について言いたいことは山ほどあるが、その辺のことについてはひとまず脇に置いておこうと思う。

 


実は、最初から応援していたわけではありませんが、私はとある立候補者を応援していました。


私が毎朝利用している駅の前、そこには選挙のあるなしに関わらず、大体いつも誰かがマイク片手に街頭演説を行なったりしている。時に自民党の人であったり、時に共産党の人であったり、時に公明党の人であったり…その中でも演説者の常連にカウントされるのは合計3~4人程度か。お互いがバッティングすることのないように調整しているようであり、2人以上が同時に演説することはない。ある朝にはこの方が、別の朝にはあの方がのようにと、とっかえひっかえ演説をしている。もしかすると政党による棲み分け・ローテーションがあるのかもしれない。
結果的には、常連3~4人を含め演説者は皆んな今回の選挙に立候補したわけだが、ともかく毎朝のように誰かが駅前で演説をしているというのは、町の一つの風景となっていた。

私が応援した件の立候補者もその一人。常連と言っていいだろう。
彼は歳の頃40代半ばと言ったところか。さわやかな印象を振りまきつつも、一生懸命にこの町をどういう風にしたいかを訴えている。彼は、いわゆる大手の有力政党の後援を受けてはいない。このため、草の根運動のように地味に活動することから始めなければならないのだが、彼はひたむきに発信を続けていた。
彼の主張は簡略化して言うと、教育予算を引き上げて教育環境を充実させ子育て世代をフォローアップしたい、高齢者と子供たちのお互いがお互いをバックアップする環境づくりを行なって三世代が過ごしやすい住み良いまちづくりを目指したい、というものだ。
本人も保育園を立ち上げた経験から、実践的な政治・行政を私に任せて下さいとアピールしていた。
経済対策などのテーマと比較すると若干ポイントが弱い印象を受けたものの、景気浮揚策のような大局的にぼやけた主張よりも、かなりピンポイントで具体的な主張となっており、今後の日本を考えるうえで教育は非常に大切だし、三世代に渡る環境づくりの大切さも感じていた私には中々響くものがあった。それで、ちょっと彼の主張に耳を傾けてみようかと立ち止まる事が起きるようになったのである。

もっとも、私のような形で足を止める通行人というのは中々いるものではない。基本、会社に急ぐ人、時間がない人が多い駅前だ、朝に余裕がある人は中々いるものではない。ビラを配ってはいるものの、はたして通勤の邪魔になる程度にしか思わない人ばかりで、その効果もあまり期待できるものではないだろう。
かく言う私も当初他の立候補者同様、彼に対して素通りしていたのである。

「住み良いまちづくりを実践いたします!」

街頭演説をしている政治家は大体みんな口々にそう言う。しかし、声高に主張しても、どう実践するかのビジョンを語らない人ばかりで、すべからく立候補者に対してはどの人も中身のない空っぽの演説をしている程度にしか聞こえてなかった。
高い頻度で街頭演説にやって来ている人であっても、実行力があるのかどうか甚だ疑問が生じていたのである。そういえば、実績ばかりを主張している人もいたが、それはそれで鼻についてしまい、だから「これからどうするのか」を言って欲しいと思ったものだ。
そういうことも手伝って「彼」に対しても私はネガティブな先入観でいた。

その印象が変わったのは、ある日のこと。
電車待ちで遮断機が上がるまでの数分間、ボーっと立っていた私に、彼の話しが聞こえてきたのである。

「どんな社会であるにせよ、子供たちに将来を託せる環境がなくては明日に期待が持てません。明日に期待できる政策が打てなくてはなりません。それには、私は先ずは教育だと思っております。」

そのような言葉が聞こえてきた。
妙に響いた。

「あれ? なんか、他の政治家とトーンが違うな」と。

政策論議は「今」が確かに大切である。今をどうにかしなくてはならない。だから「今こうしたい、ああします」というのはとても説得力があるように思えるが、でもそれは場当たり的であってはならない。将来を見据えたうえで、だから今、何をすべきかを考えなくては日本を引き継ぐ事が出来ないじゃないか。彼はそこに「子供達の教育」をピンポイントで突いてきた。コロナワクチンを普及させるのに貢献したうんちゃらとかとはワケ違う、何かしらのビジョンのようなものを彼の発言の中に垣間見た気がしたのである。
彼が実際にどこまでを視野に入れてそういった発言をしていたのかはわからない。が、私にはそのように聞こえてた。

そうだ。私たちは、選挙によってこれからの政治を行政を日本を託せる人を選んで、議会に送り込まなければならない。改めてそのように思ったのである。
それ以後、彼が駅前に演説に立っているときは、電車が来るまでの僅かな時間ではあるが、聞き耳を立てるようにした(ちゃんと最初から最後まで聞かなくちゃなんないだろうが、そこはすまない、私も先を急いでいたので…)。


そして、そうこうしているうちに今回の統一地方選挙が行なわれることになった。
私たちの住まう町の議員数は結構な数だ。
その結構な数に対して、これまた多くの立候補者が立ってきている。
ざっくり50の議席に対して75の立候補者。
当選確率66.66%、3人の内2人が当選する。逆を言えば3人のうち1人が落選する。
これを狭き門と言うかどうかは何とも言えないが、彼は何となくではあるが当選しそうな印象を私は持っていた。
何しろ、結構多くの人から挨拶されたり、談笑したり、子供たちにもウケが良いような(子供受けが良いと、同行している大人(親)にも好印象になるかと)気がしていたからだ。

それより何より、驚いたのは立候補者の数の多さだ。
75人。
しかもその殆どの候補者を私は知らない。
私が知っているのは駅前で日頃演説をぶっている、いつもの数名くらいだ。。
知っている人がいて、自分が好意的に感じることができる人がいれば、その人に投票するもんだろう…などと。


選挙前日の土曜日、私は所用で帰りが遅くなってしまった。
最寄り駅に到着したのは夜の10時を回りそうな時刻であったかと思う。
駅の改札を抜けた時、驚いたことに襷を掛けた彼がそこに立っていた。

「お疲れ様でした、こんばんは」

行き交う人々に挨拶をしている。選挙を明日に控え、最後の挨拶なのだと感じたが、襷はしているものの、「〇〇です、よろしくお願い致します」的な声は一切なく、控えめに挨拶をしていた。手を振った私に、彼は深々とお辞儀で応えていた。
これだけの誠意を政治の舞台に持ち込めれば、何らかの化学反応が起きるんじゃないか?
彼に期待してみよう、と思った。


選挙当日の日曜日。投票所に足を運ぶと、入り口付近に各立候補者の顔写真ポスターの並ぶボードが立てかけられていた。眺めてみる。改めて立候補者のいかに多いことか。駅前のいつものメンバーでない他の多くの立候補者達って、私の住むエリアに興味がないのかとも思ったが、もしかすると私が不在の間に選挙カーが来たりしていたのかもしれない。でも私は知らない。
午前中に投票を済ませ、日曜日の雑事をこなしその日を終えた。


翌日のこと。朝食を取りながらTVをつけると、開票結果が報じられていたので何の気なしに見ていた。すると、件の彼の当選報道がされていないではないか。

(え?)

私は急いで朝刊に目を通した。地方欄のページには立候補者とその得票数が記載されている。

 


彼は落選していた。

 


正直私は驚いた。意外だった。あれだけ多くの通りかかる人たちと語り合い、彼が手を振れば会釈で挨拶に応えていた駅利用者や近隣の住民たち。
競われたこの町には非常に多くの立候補者がいたとは言え、3人のうち2人は当選する環境だ。有力な支持政党の後ろ盾は無いにせよ、露出頻度が高く具体的な主張を展開し住民の受けもよかった(と思われる)彼がよもや落選するとは思ってもみなかった。
結果は厳しいものだった。
投票した我が身としては、当事者本人ではないものの、何だか自分が落選してしまったような脱力感にやられてしまった。得票数、ほんとにこれっぽっちだったのか?などと思ったり。。

朝食を終え、洗面に行き、いつものように身支度をして家を出た。
自分の足取りが何となく重い。
駅までの道のりがいつもよりも長く感じられる。

駅に続く交差点を折れた時、向かう先の駅前の「いつものポジション」に彼が立っていた。
見ればあまり眠れていなかったのだろうか、目が充血し声が掠れている。歯を噛み閉めるようにしながら彼は通りかかる人たちに、
「おはようございます」
と何度も礼をしていた。微かに涙声のようなものを耳に感じ取ったのは私の錯覚だろうか。
ただただ、
「おはようございます」
と挨拶をし、それ以外は口にすることもなく、何度も礼を繰り返している彼。


ふと、見ると線路の反対側には別の立候補者が立っていた。

「皆さん、この度は応援ありがとうございました!皆さんの声を議会に届けて参りますので、今後ともどうかよろしくお願い致します。」

溌溂と挨拶している。勝利宣言なのだろう。笑顔がこぼれていた。
有力政党の後ろ盾で当選したのだろうか、ここではそれほど何度も見かけたような顔ではない。だが、この人は当選した。


あまりに対照的だった。


線路の向こう側とこちら側。
向こう側で演説している当確者の声は彼にも届いていることだろう。
当落の世界とは言え、この切ない空気は一体なんだ。

彼の前を通り過ぎる時、声をかけようかと思った私だが、かける言葉が思いつかなかった。
私は彼に軽く会釈して改札に向かった。

空にはうっすらと雲がかかり、4月としては寒い陽気だった。


後で投票率を見たら50%に至っていなかったことに驚いた。
半数以上の住民は投票しなかったということだ。
組織票を握っている立候補者だけが当選するということだ。
もし、投票率が高かったら、有力政党の後ろ盾もなく頑張っていた彼にも勝利の女神は微笑んだかもしれない。しかしそれはあくまでタラレバの話。負けは負け。
世間は彼にそっぽを向いていた。


それでも私はこの投票率の低さが、後援会を持つ有力政党の単独劇場になってしまっていることに釈然としないものを感じている。なんでみんな投票に行かないんだ。
強い後援会を持ってる候補者だけが勝利してしまうのに。
それでいいのか? 悔しいなぁ。

 

この町が、この国が、どうか無事でありますように。
国民の誇りと活力のある日本でありますように。
ただそれを祈るばかり。

心の清い人じゃなきゃダメっしょ。

思いやる気持ち。

…およそ、人間やっているのなら一番大切な心のありようは、相手を思いやる気持ちなのではないかと私は思っています。

 

そういった意味からなのか、私は学生の頃、「共に生産し、共に配分し、共有する。お互いがお互いの精一杯を尽くし、皆が幸せになる。」平等な社会を構築するには、共産主義の概念はとても素晴らしいものだ…と思ってました。

でもある日、人間ってのは悲しいかな、「もっと儲けたい、もっとラクしたい生きもの」であることが見えてきました。
もちろん、中には志が清い方もいらっしゃるでしょう。が、人間の多くはかなり欲張りでずるがしこい生き物ではないかと。

となると、本当の意味での共産国家って実現不可能なんじゃないか?

現に周りを見渡すと、社会主義国家はあれど、共産国家は存在してない。

社会主義国家は資本主義国家よりも富の配分が機能しているかと思えば、、結局、資本主義国家であろうが社会主義国家であろうが、富の、いや、財の一極集中は起きてしまっている。
つまりはどういう体制の国家であれ、そういった貧富の格差のような財の不均衡は生じてしまっているんだな。。

ではどうしたらいいのだろう?

 

ともあれ、税金は国民が国に支払っている各人の財の一部です。
各人がより良い暮らしを求めるべく、自分の持っているお金の一部を国に託しているのが税金なのではないかと私は思ってます。

だから、心と行動の清い政治を少なくとも行なえるメンバーで国の運営をしてくれないと困りますね。
本当は、一番の理想は、政治家がいなくたってまわる国にになることなんだけど。
国というか、世界がね。
でもそれが出来ないから調整役として政治家が要るわけですわ。

今の政治家の面々が私たちの託した税金を正しく活用してくれているか、国の運営をちゃんとしてくれてるか、って考えてみるとその人の適格・不適格のイメージを掴みやすくなって来ると思います。

そう、何ら難しい話しなのではない。政治って物凄く単純なところから評価批判ができる存在なんだなと。

何処かで読んだのですが、日本の今の貧困の問題って、海外の貧困層のように薬物依存になってる家族なわけでもなく、犯罪者の家族というわけでもなく、怠惰な奴らというわけでもなく(一部そういうのもあるが)、勤勉だし、教育水準が低いというわけでもない。世界的に見ても日本の貧困って稀有なパターンなのだそうです。すなわち、「完全な政策のミス」による貧困なのですわ。

政策がちゃんとできない人は政治家としてふさわしくないのは当たり前です。

選挙が重要ってのはそういうことです。

今まで日本において一番支持率の高かった政党が政局を運営してきた結果がこれなんです。
なんか「仕事出来そう」で「清潔・さわやか」で「行動力」があり「実力がある」っぽい印象を振りまき、ニコニコしながら裏側で国民を窮地に追いやってる気がします。今の政権与党ね。まさに表立ってる闇の勢力です。この点、陰謀どころかリアルだわ。

交渉対象某国に行ってニコニコヘーコラする必要があるのか?
「今こそ防衛」とか言いながら軍事費アップのための増税を「やむなし」なんて言い方で説得力を持たせるのはおかしいんじゃないか?
自衛隊は政治家の駒じゃねぇんだよ。闘える自衛隊じゃなくて、闘わなくても大丈夫な日本を構築するのがお前らの役目じゃなぇのかよ。いざ戦争になっても決して戦地に行かない政治家のくせに何偉そうなこと言ってんだ。
あ、そうだ、マイナカードのポイントうんちゃらってのもどうかと思う。「今作れば〇〇円還元!」みたいなキャンペーン、そのキャンペーン費用、国費でしょ?税金投入してキャンペーン張るってどういう了見なのよ。民間企業ならまだしも、国民の税金を使ってキャンペーンって…戻ってくるお金は、そもそも私たちが払った税金だぜ。得してるわけでも何でもない。それでいて全国民の個人データを収集しようとしてる意図が丸見えやん。
その得られた膨大な個人情報をまさかどっかの国とかに売り渡したりしないでしょうね?
LINEみたいに漏洩しちゃわないでしょうね?
「漏洩」という他人ごとのような表現してるけど「意図的」にリークしてないでしょうね?
マネートラップ、ハニートラップにかかった政治家じゃなないだろうね?
日本にとって、緊張感をもって対峙しなければいけない国に外交で赴いてヘラヘラしながら握手している映像なんか見ちゃうと、「あ、この外務大臣、昨夜マネートラップかハニートラップに嵌められたな」と思えてならんです。本来ヘラヘラして握手するような場面じゃないのに…それをマスコミは「好印象で迎えられました」などと見当違いな表現して報道してるもんな。
あ、ごめん、熱くなっちまった。。


ともあれ、日本を海外に売り渡すようなことをしてる政治家は害毒です。
国民の税金を私利私欲の政策に持ち込んでる政治家も害毒です。
そうじゃなくたって、我が国日本は色んな方面から狙われているのですから、国民がしっかり牽制球を投げなければ簡単にこの国は滅んでしまいます。

「多様化」って言葉をやたら言うやつも信用置けなくなってきましたよ。どっち向いて政策打ってくるんだかわかんないし。

政治家の中には某国のスパイも紛れ込んでます。
それは決して、TVや映画や小説の中だけの話ではありません。
「日本の政局に紛れ込んで工作しかけてる人はいない」なんて断言できる方がおかしいと思わなくちゃ。
だからさ、少なくとも日本人じゃない人には警戒しないといけないんですよ。私はそう思います。どこどこの政党公認なんてのを気にするのなら、少なくとも名前にカタカナのあるやつは警戒した方がわかりやすいと思います。仮に日本人であってカタカナ表記している人であっても、自分の名前を正々堂々と言えないようなやつは政治家としてふさわしくないと思うね。

ふさわしくないと言えばそもそも質を疑うような日本語使ってるのもアウトですな。選挙ウォッチングをした友人からとても役に立つ「おかしな立候補者」の情報を頂きました。

「てにをは」をむやみに省略してるケースとか
例)働く女性応援します⇒働く女性「を」応援します。

やたらと体言止めを使ってるケースとか
例)私の目指すこと。学生のコミュニティ⇒・・・をどうしたいの?

「TOKYOで一番の○○市」⇒なぜ英語表記?

不登校児ための学校を⇒学校に行かないから不登校なんです。

教育の福祉⇒意味わかりません。

「私も管理職を経験しましたが、部下が帰るまで毎日遅くまで仕事していました」⇒一般人はそれが普通です。

バカと売国奴は落選させとく必要があります。私たちの国を守るために。
で、売国奴ってのが中々見抜けないと思いますが、よく調べてください。マスコミの言ってることを深読みしてみてください。逆から読んでみてください。そうすると見えてくるはずです。
詭弁に騙されないでください。
「国際化」なんて響きのよさそうな言葉に騙されないでください。
グローバルの危うさに巻き込まれないようにしましょ。